【HSP✖アダルトチルドレンの私が、やわらかに生きる道を見つけるまで】青葉ライフワーク・カウンセラー

~HSP・アダルトチルドレン・DV・モラハラ・虐待・社会不適応・先生の相談ほか~

【リクエストにお応えします】HSPについて~私の人生とHSP①~

 

 

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生きづらさは、幸せへのヒント。

青葉カウンセリング・カフェ、あおばです☕

バリウムを飲んでから1週間、そこはかとなくお腹の調子悪くて。そんなことありますか?

 

 

 

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先日、Twitterでのアンケートにお答えくださった皆さまありがとうございました❦いいねをして下さった皆さまもいつもありがとうございます❦

 

 

 

意外に、HSPがぶっちぎりの第1位ということでした☆

HSPに関心いただいて嬉しいです!

最近、HSPについてブログで扱っていないのもありますかね。

 

 

 

ということで、今日はHSPについてお話したいと思います。

どんなことが知りたいですか?

 

 

 

HSPの基本知識

HSPの子どもについて

HSPで困っていること

HSPで工夫が必要なこと

HSPで良かったなと思うこと・・・

 

 

 

さまざまなお話ができると思います。

もし良かったら、こんな話が聴きたいというのがあればお気軽にメッセージ下さいませ!(すべてにはお答えできないのであしからず)

 

 

 

今日は私がいつか書こうと思っていたことを。

私の人生を振り返って、のできごとはHSPだったから』という答え合わせをお話しようと思います。

 

 

 

良かったことも、大変だったことも思い出しながら書こうと思います。

 

 

 

私の人生とHSP

 

 

 

(1)転校が多くても対応できたわけ

(2)部活で二人一組が異常にしんどかった中学時代

(3)やたらと疲れていた高校時代

(4)親友を失ったハートブレイクを引きずる大学時代

(5)失礼な夫の顔色さえもうかがった結果

(6)中学時代からHSPが強く出てきている理由

 

 

 

この6点でお話を進めていこうと思います。

(書いているうちに気が変わって、変更するかもしれません)

 

 

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(1)転校が多くても対応できたわけ

 

 

 

私は幼稚園に2園、小学校は4校経験しました。

父の転勤に伴う引っ越しによるものでした。

 

 

 

HSPであることは40歳を過ぎて判明しましたが、

私にとって転校することー環境の変化や、たくさんの人と関わるのがしんどいHSPにとっては人一番大変なことだったはずです。

 

 

 

もちろん、感情豊かなのもので、別れが悲しくつらいものでした。大人になっても、別れるのがつらすぎるのは変わらず(例えば、自分で希望した転職なのに、送別会でびーび―泣いてしまう)HSPの感情豊かな要素がそうさせているのだと最近は理解できるようになりました。

 

 

 

ただ、転校先でもいじめられることもなく、たくさん友達もでき、学校に行きたくないということもなく、さまざまな方言を身に付け(日本語だけはトリリンガル)活発に遊びまわっていました♪

 

 

 

ストレングスファインダーの第4位にある適応性が高いというのも助けになっていると思います。しかし、それにしてもよくやったなワタシとほめてあげたいくらいです。

 

 

 

1年ごとに転校する時期もあり、大きなストレスだったと想像はできます。しかし、それでも楽しく過ごすことができた理由はなんだろう?と考えてみました。

 

 

 

①自然の見えるのんびりとした風景のある場所での生活だったということ。

②まわりの人たちによくしてもらったこと。

 

 

 

この2点があったからなのかな?と私は思いました。

 

 

 

雪をかぶった山々を見て美しいと感じたり、

河川敷で雪そりや魚釣りを楽しんだり、

山の中を走り回ったり、洞窟で秘密基地を作ったり・・・

 

 

 

HSPは自然との相性が良く、HSPである私を癒してくれていたように想像します。その証拠に、小学校6年生で東京23区内に引っ越してきてからは、ちょこちょこっと嫌なことが起きていきました(お年頃もあると思います)。東京って山が見えないのねと思いましたね。

 

 

 

また、子どもであったこともありますが、地方では人懐こく、関わろうとしてくれる風潮があり、近所の人も学校の友達もなにかと声をかけてくれて嬉しかったのかもしれません。これは、のんびりした場所で私自身も自然体でいられ、受け取ることができた状態にあったことも理由かもしれません。

 

 

 

幼馴染などもおらず、別ればかりで、けっこうハードな子ども時代でした。ただ、ここまではまだまだ序章のようでした。

 

 

 

(2)部活で二人一組が異常にしんどかった中学時代

 

 

 

私は中学生時代に陸上部に所属し、そこそこ活躍もしました。ですが、異様にしんどかったのが二人一組を作る場面が多かったこと。2列でランニングしたり二人一組で体操したりしますが、相手ができるかどうかが異常に心配でした。

 

 

 

もちろん、思春期というお年頃もありますが、『ひとりになったらどうしよう・・・私は受け入れてもらえないのではないか?』などというマイナスの感情が強くありました。別にはぶかれてもいなかったのですがね。

 

 

 

ただ、今思えばHSPらしくまわりのニーズを察ししまくって、

誰とでもうまくやることが逆に親密性を作りにくいのかもしれないなと今書いていて思いました。

 

 

 

今となっては大したことではありませんが、そのあたりを深く考える・繊細に感じるHSPならではのつらさがあったかもしれません。

 

 

 

なにせ、HSPは非HSPよりも、アンテナが100~1000倍立っているくらいの感覚の持ち主だそうですから、いろんな事に気が付くことができるのですが、副産物として疲れるわけです(非HSPさん、覚えておいてくださいね♡)

 

 

 

後記

 

 

 

今日は、(1)(2)までお伝えしました。

頭の中で分っていたつもりでしたが、こうやってブログに文字にしてアウトプットしてみると、気付くことがちらほら出てきます。

 

 

 

読んでくださっているあなたも、ブログやTwitterなどで表現してみられるのをおススメします。相手に伝わるように分かりやすく書いていると、自分の頭の中も整理されるように感じます。

 

 

 

さて、続きは(3)私の高校時代のお話から聞いてもらいますね。

 

 

 

世の中の約2割はHSP。割りと自分に繊細さを感じるという人を含めると、5割程度もいます。HSPだと自分で思っていらっしゃる方もこれだけいますから、あまり気になさらず。

 

 

 

左利きか右利きかの違いくらいなものですから🌺

 

 

 

それでは次の投稿でお会いしましょう♪

 

 

 

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やわらかな木漏れ日のような日々が、おとずれますように🍀

青葉カウンセリング・カフェ、あおばでした🍀 

 

 

 

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