「〇〇〇〇」という感情は、悪いものじゃない

 

 

生きづらさは、幸せへのヒント。

青葉カウンセリング・カフェ、あおばです☕

 

 

9月生まれのあなた、

お誕生おめでとうございます☆彡

秋の入り口に生まれたあなた、

自分らしい実りを大切にしていきたいものですね。

生まれてきてくれて、ありがとう!

 

 

本日、20時より、

9月のメール・カウンセリングのモニターさま募集を開始いたしました。詳しくはコチラをお読みくださいませ。→満席に達しました。

ご縁を感じた方、お待ちしております。

 

 

今日は、「さみしい」という感情についてお話しできればと思います。どうでしょう、あなたはさみしさを感じたくないですかね?

「さみしい」も、程度によりけり、いいかもよっていうお話です。

 

 

「さみしい」という感情は悪いもんじゃない

 

 

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私はずっと、10年ばかり夫と別居していますし、子どももいませんし、親などとも疎遠な生活をしています。しかも、外で仕事をすることも辞め、人に会うこともあまりない生活を送っています。

 

 

「それじゃあ、さみしかろうね。」と言われても、人はそう思うだろうなと自分でも変に納得してしまいます。ただ、この10年ずーーーっとまったくさみしくなかったんですよね。あ、3年前まで外で働いていましたし、Lineする友人はいたりしますが、今は基本的にひきこもりです。

 

 

なんでだろうと思いながら生きてきましたが、最近少しだけ、「さみしい」と感じ始めたんですよね。こういう感情ってあったなーなんて懐かしく思いながら、理由を探ってみました。

 

 

それまでが戦争のような日々を送っていて、そこから抜け出したホ―ッとできた安堵感。生きていられることが保証された日々。ひとりで生活するって、安心・安全だなって。

 

 

出ていった父からは生活費も入らず、父がいなくなって母は暴れる日々。私は就職しても、毎日戦いのような中学校での勤務し、土日もなくハードワークだった私。しんどい母の元から離れればいいのに、なかなか離れることができなかった。夫は入籍後1ヵ月で暴れ出し、同居していた4年間は気の抜けない生活。目に見える戦争が始まって、ざっと25年くらいでしょうか。(あ、最初の結婚を入れ忘れました💦)

 

 

夫から離れて、親から離れて、仕事から離れて、戦(いくさ)から降りて、ホッとした気持ちでこの10年間過ごしてきたのかなと思うんです。それはそれで、必要な時間だった気もします。しかし、さみしいという気持ちを閉じ込めたままだということに、気付かずに来てしまったのです。

 

 

浦島太郎のように、表から見るには何も変わらない虚無な10年間を過ごした。自分を傷つける、あらゆる人や物事から距離を置いて、出家したような日々。

それが最近、ふっと「さみしい」と少し感じ始めました。

 

 

「さみしい」は人とつながるための感情

 

 

元から私は、HSPやエンパスの傾向が高く、また転校も多かったので、あまり人と深くかかわらない人生だったというのもありますね。浅く広くといった感じです。

 

 

ただ、やっぱりさみしいという気持ちは、あまり感じたくないものです。それでも、さみしさを感じないと、人とつながろうって思えないんですよね。今の時代、間接的に人にお世話になって生きていますが、あまり人と会わない生活をしようと思えばできてしまうんです。

 

 

だから、私におとずれた「さみしい」という感情は、人とのつながりを取り戻すための役割をしてくれるんだなと思うんですよね。少しずつですけれどね。そう考えると、さみしさを感じられることは嬉しいことだなと私は思いました。

 

 

問題は、振れ幅。

 

 

私のように、さみしさに蓋をしてしまっているのと、人との関わりを切ってしまうことが往々にしてあります。また、逆に、さみしさを感じすぎるのもやはりつらいものです。さみしさはあってもいいけれど、ほどほどであった方がよさそうです。

 

 

さて、そのほどほどにもっていくにはどうしましょうか。

 

 

私みたいに感情が切れた場合は、さまざまな感情を感じるようにすることなんだと私は思うのです。つらい、苦しい、切ない…様々な感情をごまかさずに、「私は、つらいんだな」と感じる練習ができるといいのかなと思います。繰り返しの筋トレのように。どんな感情も否定せずに、感じていいと許可が出始めると、「さみしい」という思いも開いてくるのかなと私は思っています。

 

 

さみしさを感じすぎてしまうことはどうしましょう。私も実は、これを強く感じたこともありました。1度目の離婚のあたりですね。その時は、ちょっと荒れていましたね。ただ、これも自分でやっていて気持ちのいいものでもありません。

 

 

そんな時は、誰かに話を聴いてもらう。周りの人で話せる場合はいいのですが、なかなか言えない内容だったり、相手に聞かせるのも気を使わせるなと思うこともあるかもしれませんね。

 

 

相談をせずとも受け止めてくれるお仕事の人のところにつながりに行くのもひとつです。行きつけのカフェを作って顔見知りになったり、褒めてくれるヨガの先生のところに通ったり。もちろん、カウンセラーもそんなことが仕事だったりします。

 

 

まずは、自分がさみしいという気持ちをちゃんと感じてから、さみしさをうまく分散させるのもひとつかなと思うのです。

 

 

後記

 

 

どんな感情も、振れ幅によってはいいものになったり、まずいものになったりもします。例えば、嬉しいというポジティブな感情さえ、嬉しすぎれば我を忘れてしまい、これまた後悔の種になったりもします。

 

 

どんな感情も悪いものはありません。ただ、自分がそう感じているんだなと受け止めればいい。それから、その感情さんとどう付き合うか考えるようにしてみるのもいいかもしれません。

 

 

やわらかな木漏れ日のような日々が

おとずれますように🍀

 

 

青葉カウンセリング・カフェ、あおばでした🍀 

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